もちろん、日本においても高校野球時代からプロ野球の西武時代でスター選手でした。
そんな松坂でもやはりメジャーリーグはあこがれだったのです。
松坂大輔の子供時代を振り返ってみましょう
メジャーリーグで活躍している松坂は、意外にも実は5歳〜小学校3年生までの間、野球ではなく剣道を習っていたのです。
これは野球と無関係ではなく、野球をはじめるまでの体力、精神力作りのためだったといいます。
道場は地元である江東区の「福住剣友会」に所属したそうですが、ここは、地元で有名な厳しい道場でした。
先生は相手が子供だろうと容赦なくしごいたそうです。
子供たちは、泣きべそをかきながら練習していたそうです。
福住剣友会名物ということで週に3日は夜間練習があり、日曜は試合や試験がありました。
松坂は幼い頃から週に4回は道場に通っていたことになるんですね。
松坂の忍耐力や精神力は、幼い頃に受けた、このスパルタ教育が影響していると言えるのではないでしょうか。
松坂大輔は本格的に野球をはじめると、リトルリーグ時代から、エースとして頭角をあらわしてきます。
ちなみに、松坂はこのリトルリーグ時代に、TVで海外でプレーしているサッカー選手、カズこと、三浦知良選手をみたことが海外を意識するきっかけになったと話しています。
この頃から野球ではいつでも一番であり、また、そうでなければ気がすまない負けず嫌いだったそうです。
ただ、松坂の興味深いところはイチロー選手のように、いつも真面目に一生懸命練習を積み重ねてきた努力型のタイプではないということです。
周囲からは「サボリのマツ」というニックネームで呼ばれたことからもわかるように、子供の頃から練習嫌いで有名でした。
そんな練習嫌いを練習に向かわせたのは試合に負けた悔しさ、つまり「負けず嫌い」のパワーだったのです。
剣道をやっていた幼い頃から、ひっくり返されても泣かずに向かっていったそうですから、負けず嫌いは松坂が持って生まれた性分ともいえるでしょう。
さらにそれが、剣道でのスパルタに耐えることで成長したのではないでしょうか。
松坂大輔が西武にいたころの話ですが、プロ野球界において孤高の存在であったイチローとの初対決が話題となりました。
この時に松坂はなんとイチローを3打席連続三振(1四球)とほぼ完璧に抑えたのです。
そして彼は試合後のヒーローインタビューで「自信から確信に変わった」言った言葉は日本中で流行しました。
この時もそうですし、今年のWBCでの活躍もそうでしたが、プレッシャーが重い時に期待を裏切らない松坂の精神力は彼の魅力といえます。
この精神力の強さは幼い頃からの彼流の野球との接し方で培われたのです。
ただ、いまでも一発病は治っていないようですが(笑)。それも彼のカラーなのではないでしょうか。
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